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  • 執筆者の写真しずか 平岡

【記録】総決起集会(一部抜粋)

9月30日(土)に総決起集会を開催しました。お集まりいただいた皆様、誠にありがとうございました。当日は20分の枠で決意表明を述べさせていただきました。今回は、その一部を共有させていただきます。


【記 録】

本日、「平岡しずか 総決起集会」にご参加を賜りました、ご来賓の皆様、市民連合富谷黒川の皆様、地元である富谷市明石台のご町内の皆様をはじめ、私が学生時代、教員時代、政治活動をする中でお会いした多くの方々にお集まりいただきまして、心より感謝申し上げます。今日は、「平岡しずか」のこれまでの歩み、私の志やビジョンについてお話をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。



実は、今日は私にとって特別な日です。今から1年前9月30日は松下政経塾恒例行事100km行軍を達成した日です。松下幸之助塾主は、松下政経塾を開塾した44年前に、日本体育大学の平野仁先生を起用しました。平野先生の発案で始まったのが100km行軍です。目標は「最大困難時ニッコリ笑える人になれ」というものでした。私は入塾前からの1番の不安は100km行軍でした。そのような不安に追い打ちをかけたのが、7月の陸上自衛隊富士学校で行われた自衛隊実習です。テント泊、朝4時にラッパで起床、すぐに召集がかかりました。そこから約20kmの荷物を背負い、4時間30分行進をすることとなりました。隊員や塾の仲間たちに支えられ、なんとか完歩しましたが、この時は「ニッコリ」笑えるどころか、意識が朦朧として、自分のことで精一杯で周りを気遣うことさえもできませんでした。想いがあっても、体が動かなければ始まらない。その日から私のトレーニングが始まりました。まずは平日には10km歩くことから始め、毎週末、同期が20~30km共に歩いてくれました。




そして迎えた100km行軍当日。10:30出陣式、11:00に茅ヶ崎にある松下政経塾を出発しました。出陣式では、弱音を吐かないこととチームメイトに迷惑をかけないことを誓いました。



40km地点を過ぎた時に、初めて「疲れた」と言ってしまいましたが、日付が変わる前には60km地点を通過することができました。




一緒に歩いている同期から「どうしてそんなに頑張れるのか。」と聞かれました。それに対して、私は「応援に応えたいから。」と返しました。何度も塾のスタッフや先輩方が車で並走してくださるのですが、その度に自分の中からエネルギーが湧き上がってくるのを感じました。深夜を過ぎて70km地点に来たところで呼吸が乱れ始めたのですが、仲間たちが私の体を支えてくれて、最終的にはスタートから23時間30分が経ったところで「ニッコリ笑顔」でゴールすることができました。



一年前の今日、私が一年後に松下政経塾を離れ、このような生活をしているとは想像もしていませんでした。茅ヶ崎から戻り、安住淳代議士の秘書として活動する中で、多くの方々によく聞かれたのが、「14年間続けた教員を辞めた理由」と「松下政経塾ではどのような生活をしていたのか」についてでした。今日はこのご質問に対して少しお答えしたいと思います。


私は大学卒業後から母校でもある仙台白百合学園中学・高等学校に勤務しました。子どもたちのことが大好きで、毎日学校へ出勤するのが楽しかったです。寝る前には、出席番号1番の生徒から順番に思い出し、生徒に対してやり残していることはないか、伝え忘れていることはないかと考える日々でした。卒業式の日には生徒よりも号泣。生徒が無事人生の次のステップへ進むことは喜びでもあり、次の日から会えないことへのさびしさもありました。保護者の皆様との出会いも尊く、勝手ながら、お預かりしたお嬢様の成長を共に見守り続けた大切な同志のような存在に思っていました。卒業の日には、これから二度と会えなくなるかもしれない大切な生徒や保護者が、これからも幸せに生きていただきたいという願いを込めてお別れしました。実際には、今日こちらの会場に、初めて23歳で担任をした生徒と保護者も来られておりまして、今もこうして人生の近くにいられることを大変うれしく思います。私はこれまで出会った大切な方々、まだ出会っていない方々が、この社会の中で「安心して生きること」ができたのなら、この上ないしあわせです。14年間の教員時代の中で、生徒と共に東日本大震災やパンデミックを経験しました。この経験の中で思ったことは、いのちの輝きは奇跡であり尊いこと、また、その尊いいのちを生涯にわたって支える教育とは何かということでした。同時に、常に私の中には「政治に対する怒り」がありました。一体誰のための政治なのか。私は「すべてのいのちが大切にされる社会を実現したい」という思いから、松下政経塾の門を叩きました。


後ろ髪を引かれるような思いで学校を離れ、昨年4月に松下政経塾43期生として入塾しました。松下政経塾は全寮制です。朝5時過ぎには起床し、6時よりラジオ体操、早朝研修、早朝鍛錬が行われます。早朝研修では、2万平米の広大な土地を30分程度で掃除を行います。ただ掃除を行うのではありません。当番となったリーダーが、前日のうちに敷地内を回って状況を確認した上で、仲間たちに目標と役割を伝えます。ここで私たちはリーダーの要諦について学ぶのです。清掃後には、反省会を行い、目標設定や指示の出し方は的確であったかを真剣に振り返り、意見を出し合います。時には喧嘩もします。リーダーを志すものとして、研修の一つ一つに対して真剣勝負で臨んでいたのです。



清掃後は、塾から湘南海岸を約3kmジョギングします。その一連の活動が終わった後、すぐに身支度をして、9時から始まる朝会に臨みます。ここで毎朝行うのが塾是・塾訓・五誓の唱和、所感の発表、塾主が執筆した『道をひらく』を朗読し、塾歌斉唱です。朝会後は、塾内で講義を受ける時と、塾外での研修に参加する時があります。


入塾当初は、松下幸之助の経営哲学について学びました。実践の場として、私は1カ月間、島根県にある自動車学校で経営実習を行いました。その後は、国家基本課題である「外交・安全保障」「経済・金融・税制財政」「社会保障」「憲法」「エネルギー・復興」「食糧安全保障」「国土形成・社会資本整備」「教育」について学びました。自修自得を基本としているため、時には塾生が主体となって研修を組み立てることもありました。



私たち塾生は、松下幸之助塾主が遺された資産、そして何よりもご人脈の中で学びの機会をいただいています。80歳を過ぎてから政経塾を設立した塾主の原点には「物と心の繁栄を通じて、平和で幸福な社会を実現したい」という願いがありました。塾生に託された使命は、理想社会のビジョンをつくり、実践者となることです。基礎課程の1年生は、「国家百年の計」を作成し、年に数回の発表の場において、研究者や政治家、経営者の方々からのご講評をいただきながら練り上げました。ビジョンづくりをする上で、座学と現場における学びが大変生きてきました。



「すべてのいのちが大切にされる社会を実現したい」という思いで入塾をしましたが、同期と共に「貧困」をテーマに共同研究を行う中で考えたことあります。それは私たち人間にはHOME(ホーム)が必要であるということです。

  H Hope (希望)

  O Opportunity (機会)

  M Mentor (個人の成長や精神的なサポートする人)

  E Education (教育)



私はこれから「すべての人が安心して生きることができる宮城県」を実現したいと意気込んでいるところでありますが、県民の皆さんが宮城県にHOMEがあるように、具体的には次の3つの大きな柱に挑戦したいです。

◆ すべての人が安心して集える地域の居場所づくり

◆ すべての子どもが安心して成長するための政策づくり

◆ すべての人が安心して暮らせる環境づくり

宮城県では、2020年に「新・宮城の将来ビジョン実施計画」を策定し、前期(2021~2024年度)・中期(2025~2027年度)・後期(2028~2030年度)の3期に分けて実行しています。2025年に国連で採択された「持続可能な開発目標」(SDGs)の理念や施策が、宮城県の将来ビジョンに反映されています。この新しいビジョンから新たに加えられた県の政策分野が「教育」と「福祉」です。私は特にこの分野に挑戦したいと考えています。私は、今年、京都芸術大学の本間正人先生をお招きして、7月には「地域の未来を考えるフォーラム」と8月には「教育の未来を考えるフォーラム」を2回開催しました。私にとって地元富谷市における初めての試みではありましたが、例えば、「地域の良さ」と皆さんと出し合うことで、その良さをどのように活かしていくことができるかとか、「教育とは何か」という根本から問い直すことで理解を深めることができました。最近、地域での活動をすることで感じていることは、この町に沢山「先生」のような存在がおられるということです。これまでの人生の中で培ってこられたご経験やお考えをぜひ聞かせていただきたいと思います。私は共に考え、未来を創っていくというスタンスを大切にしたいです。ぜひ皆さんのお声を聞かせてください。超少子高齢化の中で、労働力の不足、医療従事者の不足、社会保障費の増大など課題は山積みではありますが、将来を見据えた改革を行いながらも、今目の前で暮らしている方々の多様な声に細やかに耳を傾けていきたいと思います。誰のための改革なのか。誰のための政治なのか。私も常に自身に問いかけながら活動していきたいと思います。


宮城県議会議員選挙の告示は10月13日です。選挙期間までおよそ2週間です。私にとっては「100km行軍」よりも苛酷な9日間の選挙戦が始まります。1年前、私が100km歩き続けることができたのは、達成するのだと覚悟を決めたことと、周囲の方々からの応援があったからです。どうか皆さん、今日お伝えした私の覚悟に対して、応援をよろしくお願いいたします。「すべての人が安心して生きることができる宮城県」を実現するために私を議会へ送り出してください。政治は国民お一人おひとりのためにあります。民主主義国家において、政治をつくるのは、国民である皆さんです。皆さんの声を大切にお預かりし、議会へお届けします。私と一緒に明るい未来を創っていきましょう。どうぞよろしくお願いいたします。以上をもちまして、私の決意表明とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。



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