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  • 執筆者の写真しずか 平岡

杜の都・仙台

仙台空襲から78年目の夏を迎えました。1945年(昭和20年)7月10日未明、仙台市の中心部は、アメリカの爆撃機123機が投下した焼夷弾により焼け野原と化しました。先週、仙台市戦災復興記念館(青葉区)が主催する街歩きに参加しました。近代建築研究家の斎藤広通さん、仙台・空襲研究会、近代仙台研究会の皆様にご案内いただきました。街中に残る戦災の痕跡をたどりながら、戦争の悲惨さと平和の尊さ、時代をつないでくださった先人に思いを馳せました。




空襲を生き抜いたイチョウの木(西公園)

戦後、戦災復興計画により、青葉通と定禅寺通にケヤキ並木が植えられることになり、1960年代中頃ごろまでには現在の姿まで整えられました。その後、市民による投票でケヤキが仙台市の木に決まりました。宮城県の戦後の歩みを見守り続けているケヤキ並木。いつまでも多くの人々を癒してくれることを願うばかりです。





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